2010/04/27

drawing4-5 『always, the words come in suddenly』

dw45-2nd-01
 
 
『always, the words come in suddenly』
drawing4-5
BALEN-004
\1,680-(tax/in)

 
 
01. 牧童の引き裂かれた団欒 – the torn circle of cowboys
02. 棄てられた物語 – the abandoned story
03. 行動主義者のうそつき! – aktionist, you’re a liar!
04. 知恵の果実 – fruits of wisdom
05. 海を眺める夜の松明 – night torch overlooking the sea
06. つぐない – sacrifice
07. 転げ回る怠惰- idle day
08. 天国みたい – heavenly feeling
09. 便りはいつも突然に – always, the words come in suddenly
 
 
2005年、自身のレーベルであるピリポレコードより1stアルバム『long way to ROMA built in a day』をリリースしたdrawing4-5が、5年ぶりに2ndアルバムを(二枚も!)リリース。
 
drawing4-5は綺麗に積み上げた楽曲を幾度も崩し、散らかし、その瓦礫から変質した楽音を拾い上げ、皆で愛でたり、転がしたり、放り投げたりしながら楽曲の新たなあり方を見つけ出す。
 
10人以上の流動的なメンバーで構成されるdrawing4-5は、それぞれが右脳と左脳の個性を押し出しあいながら、作曲と即興、解体と構築を行き来し、幾種もの楽器と歌が雑食性多方位コラージュサウンドを生み出してゆく。
 
それは音楽の断片で悪戯に遊び散らかすのかと思いきや、ある一瞬で急速にフォークソングの様に像を結び、再びサイケデリックに霧散し、伸縮する言葉と旋律はそれを耳にする時間を連れて彼方で鳴り響く。
 
声、ギター、ドラム、ベースという所謂バンドピースを軸に、ピアノ、おもちゃ楽器やピアニカ、自作楽器、PC等を用い、ライブ録音やスタジオでのオフマイク気味の録音素材を元に作られた楽曲も多く、そのローファイ加減は“美しさ”のあり様を生々しく浮かび上がらせている。
 
 
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MYSPACE
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カテゴリー: disc, headline, label discs, news — yk @ 20:47

2010/03/22

『tide – balen disc compilation – 』

tide_front02
 
『tide – balen disc compilation – 』
various artists
BALEN-003
\1,575-(tax/in)
 
細分化が極まった現在の音楽シーンをシームレスに繋ぎ、様々な音楽がジャンルの融解と実験性を飲み込んだポップミュージック=アヴァンポップとして成立する瞬間をみせるレーベルbalen discがリリースする初のコンピレーションCD。
 
ポップ、フォークからエレクトロニカ、ノイズ、テクノ、トイポップからエクスペリメンタル・ジャズ、サイケデリックミュージックへと、多方位かつ滑らかにリンクした楽曲を収録し、レーベルの態度を示すカラフルなアヴァンポップ・コンピレーション『tide – balen disc compilation – 』。
音楽が目的や手段を捨て、この瞬間に、ここでしか生まれ得ない生々しく清々しい13組の音楽家をパッケージング。
 
普遍的なPOP性を持つメロディーと滲む声でセンチメンタルな郊外協奏曲を鳴らす、3rdアルバム『この惑星の郊外で』をリリースしたばかりの藤田建次。
近くbalen discより5年ぶりの2ndアルバム(の一枚目!?)をリリースするコラージュ・サイケ・バンドdrawing4-5。
昨年発売した『Animacy』(cubic music / HEADZ)が好評のエレクトロニクスと肉体性の理想的な融合をみせるエクスペリメンタル・ジャズ・バンドSJQ。
そしてSJQのリーダーであり人工生命ソフト「ギズモ」を用いてソリッド且つ有機的なリズムを鳴らすsonir。
室内楽的トイ・ポップや腰の据わったドローンアルバム等を多くのレーベルからリリース、様々な名義でも活躍するasunaとKoji Miyataによるユニットaskococo。
電子音とおもちゃで美しく静かな音楽を奏でるmusika-nt。
田中フミヤ主催のTOREMAのサブレーベルUNTITLED、magic book recordsから音源をリリースする、無骨なのにファニーなビートを鳴らすTAKAHIRO MUKAI。
パンク/ハードコアからNEW/NO WAVE、ノイズ、アンビエント等を飲み込み、ギターを軸に陶酔感のあるビートレス・グルーブミュージックを生み出すmiku-mari。
SJQのギタリストでもあるナカガイトイサオによる音で霞む夢の中を歩くomoidemaigo。
balen disc主催yuki kanekoのテープレコーダーやピアニカ、おもちゃ等とtakahisa umeharaのギターによる多幸感サイケデリックバンドpolyphonic parachute。
polyphonic parachuteギタリストtakahisa umeharaによる一人ぼっち宅録で、明後日の方を向いた平常心サウンドのkiwa。
謎の高音圧爆裂POPビート少女ten.yen。
そしてyuki kanekoによるトイ・サイケデリック・ビート・ミュージックを収録。
 
01. SJQ / &
02. drawing4-5 / 受難のメアリ
03. yuki kaneko / magnetic cloudy film
04. musika-nt / tiny tin steps
05. kiwa / きのうの時計
06. TAKAHIRO MUKAI / long breath
07. sonir / nür
08. askococo / short hair
09. ten.yen / honey bee wars
10. miku-mari / limestone echos
11. omoidemaigo / Slow fluctuations
12. 藤田建次 / 回転する季節
13. polyphonic parachute / plat
 
※『tide – balen disc compilation – 』をご購入いただいたお客様へ”
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2009/12/26

2009/12/16(wed) release 藤田建次 『この惑星の郊外で』

P1
 
 
 
藤田建次 『この惑星の郊外で』
 
2009/12/16 release
 
balen disc
BALEN-002
\2,100-(tax/in)

 
寄る陽は果て無い道を照らし、遠く望む街からの風は静かな喧騒を伝える。
置き去られた時間の隙間から零れ落ちるセンチメンタリズムは郊外協奏曲を鳴らす。
何処からか漏れ聞こえるピアノの周りに、こんな世界が広がっている。
 
磁気粉の匂いが漂うカラフルなテープコラージュで揺れる音像の夢想音楽集の1st『Magnetic Pilgrimage』、そこから歌にフォーカスしていき、現実と童話的世界観の間を行き来する2nd『引力と斥力』をこれまでにリリース。
擦れて尚普遍的なPOP性を持つメロディーと滲む声を用い、現実と空想をサイケデリックなPOP MUSICとして描き出すスタイルを確立した藤田建次が更に進化を遂げた最新作『この惑星の郊外で』これまでのスタイルを消化し、更にメロディーを純化させた本作はよりカラフルさと輝きを増し、彼の感じた温度と空気を聴く者に伝え、普遍性な強度を持つ「うた」を残していく。
 
アナログのオープンリールテープを用いたマスタリングや、念入りなトリートメントが施された楽曲は、70年代のシティーポップにも通じる質感から、淡く滲むサイケデリックミュージックへ、愁いを帯びて響くフォークミュージックへ、艶やかな電子音が鳴るエレクトロニカへと様々に表情を変える。
 
これは、今ここで本当に鳴らされるべきアヴァンポップミュージック。
 
 
 
comment:
 
音楽の良心はまだここに在る。
こんな音が聴こえない世界は息苦しい。
郊外の片隅で共に生きる友人から、こんなにもひらけた音楽が届いた事が、何よりも嬉しい。
 
僕にとっての音楽の理想のひとつです。
 
yuki kaneko – 金子由布樹
(balen disc, PhaseRubRec., magicbook records, mOAR)
 
 
 
::: メディア :::
◇ your unknown music.様に取り上げていただきました!! 
◇ myspaceの本日のランキングで1位になりました!!(09/12/01付)
◇ 12/12(sat)『Our Bubble Hour vol.10』内にて藤田建次 『この惑星の郊外で』先行視聴会を開催していただけることになりました!!
◇ とくお組様のブログで取り上げていただきました!!
◇ intoxicate vol.83にレビューが掲載!!
 
::: コメント :::
藤田建次 『この惑星の郊外で』に宛てて、皆様よりコメントをいただいています。
 
::: 藤田建次 「惑星の郊外で」セルフレビュー :::
 
::: 「まぼろしよさようなら」PV ::: 
 
 
::: 視聴 :::
 
 
藤田建次 『この惑星の郊外で』
 
1. ハロ
2. 走る
3. ギター
4. まちわび
5. 連弾
6. 彼方此方
7. 雨やどり
8. 見知らぬ夏
9. なつ色
10. 合唱
11. 凩
12. 十月
13. どうけし
14. あかね星
15. ほたる
16. ねむる月
17. まぼろしよさようなら
18. 花火
19. おわりのはじまり
20. はぐれ雲
21. ワープ

 
 
☆disk union、tower records,その他店舗でご購入いただくと、初回のみ3パターンの特典CDR『それはまたべつのおはなし』をプレゼント!!
内容被り無しの未発表曲4曲+ピアノ弾き語り1曲を収録したCDRが3パターン御座います。

 
 
藤田建次 プロフィール
 
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カテゴリー: disc, headline, label discs, news — yk @ 14:25

藤田建次「まぼろしよさようなら」 PV

藤田建次「まぼろしよさようなら」

制作は 『この惑星の郊外で』のイラストを手がけていただいた高良真秀さんです!!

カテゴリー: news — yk @ 14:17

2009/12/16

藤田建次ロングインタビュー

2ndアルバム発売後のインタビューを転記いたします。
3rdアルバムの制作についても触れられた興味深いインタビューです。
 
 
藤田建次ロングインタビュー
 
聞き手 本荘至(CRJ-Tokyo※当時)
2008年8月13日(水) 渋谷、公園通りのcafe MIYAMAにて。
 
●音楽をされてきた経緯を伺えますか?
 
初めて曲を作ったのは中3、中学校の自由研究みたいな課題で作りました。
夏休みに、何でもいいから自分で自由に研究してくださいってことだったので。
 
●それはどういった曲でしたか?
 
YMO。
 
●打ち込みとかですかね?
 
そう。完全にMIDIの打ち込みで。当時ROLANDのミュー次郎っていうパックがあって、
レイハラカミが使っているSC88proの廉価版の音源なんかが入っていたんだけど。
父親がマックを持っていたのでそれを使いました。
 
●当時はブラスバンドをされていたとか。
 
そうそう。中2くらいから始めて、バリトンサックスっていうサックスの1番でかいのをやっていました。
中1の頃に体を鍛えたいと思って水泳部に入ったんだけど、辛くて1ヶ月で辞めちゃって。
勉強もしたくなかったし、何もすることがなかった。あまりにも暇だったんですよ。
それでたまたま兄貴が買ったまま放置されていたサックスがあって、やったらモテるかもしれないなあと、中学生的な(笑)。
運動も出来ないし勉強もやりたくないから音楽でもするかと、そういう感じでした。
 
●ライブではピアノやギターを弾かれますし、色々楽器をされるイメージがあります。
 
1つの楽器を極めるっていうより色々やってみたいなあと思って。小学生の頃にピアノを習ってて、それからギターもはじめて、吹奏楽部に入ってからサックスもして。
色んな楽器をやってみて、まあ、正直あんまり出来ないんですよ。広く浅くだったんでそこまで上達もしないし。
でまあ、1つの楽器を極めるっていうよりは色んな楽器を組み合わせて曲を作ってみたいなあと思って。
当時はMTRで曲を作るほど楽器も出来なかったし、パソコンやるにしても、生楽器を録るシステムってすごく高かったから手に入れられなくて。
それで打ち込みをやろうかなあと思いました。
 
●当時はどんなものを作られましたか?
 
ギターをやっていた時はメタルみたいなのを作ったりとか。ヤングギターとかそういう雑誌に影響されて、ギターは早弾きをするものなのかと思っていたので(笑)。
あとは歳の離れた兄貴の影響でYMOみたいなのとか。打ち込みだったらこういうのをやるものなのかなあと思って。
 
●メタルからYMOまでと……因みにどういった音楽を聴いていましたか?
 
音楽の嗜好もその時その時で違っていて、中1中2の時はメタルで、そのあとはギターポップとか聴いたり、高校の時はPixiesばかり聞いていたときもあったし、クラシックに嵌った時期とかもあった。ものすごい節操が無い、すぐ飽きちゃうんですね。
だから、その時々でやりたいものを自分で作れないかなって真似してやってみて、自分から表現するというよりも、色んなものがある中でそれを分析して、自分なりに解釈して、真似してやってみるっていうことをずうっと続けていました。
例えばコードに分解して譜面におこしたり、音響とかにこってるやつってLRで違う音が配置されているな、とか。
そういう分析的な聴き方をずっとしていて、それが面白かったのかな。分析をして、それを実践してみて、あ、作れた、面白いなって。
で、作れたら飽きちゃって、また自分で分析出来ないものを探してきて、あ、コレはちょっと分析できないから頑張って分析してみようとか。
 
そういう風に、最初からこういうものをやりたいっていうのがあったんじゃなくて、楽器を取り敢えずやってみて、
ギターだったらこういうもの、打ち込みだったらこういうもの、吹奏楽だったらこういうもの、ピアノだったらこういうものを作る、みたいな。
中学高校の時は、こういうものをやりたいっていうんじゃなくて、拡散していてもとりあえず色々やってみようっていう感じだった。
 
●バンドなどはされましたか?
 
バンドは高校の時にコピーバンドをしました。本当に、高校生が学祭でやりそうな感じ。
ミッシェルガンエレファントのコピーバンドとか。それもなんか、自分からやりたいっていうのはなかったかな。
友達が居て、ギター弾けるらしいから弾いてよって言われて手伝ったりするだけで、主体的に自分から仕掛けていくっていうことは、あんまりなかった。
外に向かって積極的に音楽をやりたいっていう気があまりなかったんですね。
 
●それが変わっていった時期はありましたか?
 
大学半ばですね。留年しちゃって、やっぱり全然勉強もしてない。もう卒業も出来ないんじゃないかって感じになって。
就職できる自信もなかったし、このまま俺はニートになるのかって、こうなんか、先の見えない不安。
そういう本当にうだつのあがらない生活をしていて、折角時間あるのに、何かに打ち込んでもいない。
音楽は確かにやってきたけど、人に誇れるもの、自分はこういうものを作ったぞっていうものがなかった。
 
で、一体自分はどういうことがやりたいんだろうってことを色々考えたりしだしたのが大学で2回目の2年生の時。
音楽に関してはなんかダラダラと7、8年色々とやってきているから、何か形にして残そうかなって。
それまでは色んなジャンルに手を出したけど、ちゃんとがっちり作るっていうことはやってなかったから、バイトをしてお金を溜めて機材を一式揃えて、作り始めたんですよ。
 
●その時機材はどういうものを?
 
パソコンのソフトと、楽器は色々あったんだけど、今まで持ってなかった楽器とかも色々買ったんですよ。
パーカッションだとか、打楽器系だとか、色々安く買えるものをヤフーオークションだとかであらかた買った。あとマイクも。
どう作りたいとかもイマイチ無かったので、そこはまだ良く分かってなかったから、取り敢えず色々楽器を買ってみようってことで。
 
●その大学の転換期からは、今やっている音楽へ直結していると思われますか?
 
そうですね・・・スタイルとしてはあんまり直結してないなぁ。その時は結構直球のエレクトロニカだったし。
 
●例えばそれまでの歴史を踏まえて、こういう変遷があって、次にこういう新しい音楽があってという考え方はどうでしょう?
 
そういうのが自分にはないんですよね。こういう人に影響受けてこういうのが好きとかそういう人も多いと思うけど、そういう人が羨ましい。
根無し草感っていうかルーツが無いっていうか、そういうコンプレックスみたいなのが、ある。そういうものを埋めるために作っているのかもしれないなって、最近思う。羨ましいんですよね、こういう表現がしたいだとか世の中にこういうことを言いたいだとか。
自分の中に核みたいなものがあんまりないなって。
 
でもなんでずっと色々音楽をやっているのかっていうのは自分でも良く分かってなくって、こう、習慣化しているからなのか、それとも本当に自分でも気付いてない何かがあって作っているのかっていうのは、今は答えが無い。答えが無いからこそ作っているのかもしれないですね。
例えば、以前、自分の音楽について書かれたレビューで「架空の街の架空の郷愁」というのがあって、ああそうだなあってなんだか納得しちゃって。
普通は郷愁感っていったら実体があるような感じがするものじゃないですか。田舎から出て来て、そこにはなにか止むに止まれぬ事情があって帰れない。
でも帰りたい。そういうところ、ちゃんと実体があるものに対して感じるのが郷愁感だと思うんだけど、自分にはそういうものが無い。
起源というか、故郷とか。人が立脚している立ち位置とかっていうものが、あんまり自分にはない。けど、それに対してのコンプレックスが強くて、
そういうものに対して郷愁を感じたいって思っていて、だからそういうことの表現だって言われたら、そうなのかなって。
 
●曲を作る時というのは、初めに或る世界観みたいなものを想定して曲を作るという感じですか?
 
いや、もうちょっとね、帰納法的っていうか。最初からこういうストーリーがあってというのではなくて、やっぱりはじめに何か作っちゃって、
それをリスナーとして聴いて想像するんですよ。1曲だと良く分かんないけど、4・5曲作ってそれらを聴くと、何か共通のものが見出せる。
自分が作り手というよりは、最初は単なる、色んなスタイルのフィルターでしかなくて、その時の趣向で自分というフィルターを通して、間違ったものを作るんですよ。間違ったというか、偽物、胡散臭いもの、オリジナルには到達出来ないようなものを作って、それを自分なりに色々並べて聴く。
そうするとちょっとなんかね、自分の中で広がってくる。その曲同士が色々と繋がって聴こえてくる。
じゃあこの曲はこういうアルバムの一部なんだなとか、こういう物語の音楽の一部なんだろうなという想像が広がってきて、それに合うように違う曲も出来ていく。例えばジグソーパズルがあって、それの何ピースかを作って、もうそのジグソーパズル全体っていうのが自分の中で勝手な思い込みで出来て、初めの何ピースかはその中の一部なんだろうなあっていう。
あとは残りのジグソーパズルを作る作業っていうきっかけで出来る曲が多い。
 
●アルバムでは歌物とインスト物が分け隔てなく配置されているように感じますが、
言葉を使って表現する時と音を使って表現する時とで違ったりするところはありますか?
 
殆ど一緒だと思う。というのは、言葉って1つの単語だけですごく沢山イメージとか色んな意味が含まれているじゃないですか。
全然カテゴリーの違う単語を持ってきて並べたら違う意味が発生したりするわけじゃないですか。それを文章にしてみたらまた全然違うふうになったりとか。
音楽も一緒で、例えばピアノでドレミをぽんと弾いたら、それだけで色んな響きとか意味とかがあって、それを全然違う、Fのコード、ファ・ラ・ドとか並べたら、
全然違う意味が出てくる。あと、最初にドミソを弾いてファラドを弾くのと、逆にファラドを弾いてドミソを弾く、反転させると全然意味が違う。
要するに、単語と文節と文章っていうのと、音楽でいうと、1つのコードと、1つのループっていうか部分と曲全体っていう。
扱っている素材は音と言葉で違うんだけど、つなげて、形にしていくプロセスって同じだなあと思って。
だから言葉を使うのとコードを組み立ててメロディを乗っけるっていうのは違うものだとは思えない。一緒だって捉え方をしています。
 
●影響を受けた作家などはありますか?
 
そうですね……例えば、稲垣足穂っていう小説家が居て、なんかちょっと宇宙っぽい感じと、古めかしい大正ロマン的なものの融合みたいな感じで、そういうのとか、
ジブリアニメそれから……黒田硫黄っていう漫画家が好きで、あとジョジョ……全然違うか(笑)。音楽でいえば、最近は色んなユニットをやっている友人の岩永君のアイディアにはすごく感化されることが多いし、あとキセルさんとかトクマルシューゴさんのソングライティングにすごく影響を受けたと思うなぁ。
 
●曲の着想はどういった時に思いつきますか?
 
日常生活の出来事が直接的に引き金になっているというのはどうだろう・・・
そうだ、普段仕事をしている時、色々ストレスとか溜りますよね。
それで帰りに疲れて電車とか乗っていると、外の風景とか流れて、俺何やってんだろうな、とかね(笑)、ちょっと切ない気持ちになったりとかね。
話しが飛びますけど、こないだ海に行ったんですよ。伊東に。友達と、◯トヤホテルのCMってガンガン流れているけど実際行った人の話って聞かないよねえって。
関東近辺で生まれ育って、CMもすごい見聞きしてるのに行ったことないよなぁって。ウケるから行こうって。まあそれはいいんだけど、海に行って。
本当は海なんて全然行かないんですよ、ネタとして行っただけだから。で、泳ぎもしないのに行って、実際何もすることなかったのね。
◯トヤに行って、普通の旅館でさ、ちょっとネタにしては金と時間の無駄だったな、海でも行くかぁて行ったら、黒い健康的な感じの人が一杯いるわけですよ。
すごい楽しんでるわけです。でも自分はそういう感じを遠くから眺めて、ボーっと煙草を吸っていただけっていう。そういう賑やかな風景から取り残されている感じっていうか、そういうのは普段から良く感じていて。例えば飲み会とかでも、一応盛り上がってはいるんだけど、
なんかどっか客観的に見て、俺はなんでここに居るんだろうって。硝子の心の持ち主だから(笑)。
そういうなんか取り残されているなって感じた時に、あ、曲作りたいなって思う。
ちゃんと何かに没頭したり、コミットしたり出来てないところが多分自分の根っこにあって、そういうものを埋めるために作っているのかなぁって最近よく思いますね。
 
 
●次の作品には着手されていますか?
 
今もう20曲くらい作っていて、殆ど出来ています。今まではさっき言ったみたいに、本当に適当にいっぱい曲を作ってそこから編集する方法だったんだけど、今回はもっと精度を上げようというか、1曲1曲をがっちり作ろうと思って、本当に曲になっているものを20曲ぐらい今のところ作っていて、多分これでアルバム出来るかなあと。それが最初のステップで、このあとテープに録音したり、サンプラーにとおしたりして音を汚したりだとかの編集作業があります。
 
●アルバムのタイトルが決まっていたりしますか?
 
いや、まだ全然決まってないです。
 
●では全体のコンセプトみたいなものは出来ている?
 
うん。コンセプトは、もう本当に「架空の街の架空の郷愁」。もう本当にね、架空の街づくりみたいな。それの1日とか1ヶ月~1年のドキュメントみたいな、
そういう感じにしようかなあって。自分なりのシティポップみたいな。
 
●シティポップ! それはアルバム全体ですか?
 
うん。自分なりの誤った解釈に基づいたシティポップだけどね。
 でも、本当に気合いを入れて歌ってますよ。ほとんど歌物。それをどういう風に50分だとか60分だとかにするか。
1曲4分くらいのものを20曲だから、入らないんですよね(笑)。だから、これをどうやってアルバムの時間に圧縮しようかなぁって、そのやり方を考えています。
今ちょっと考えているのは、自分で編集するのをやめようかなあとか。
 
●と言いますと?
 
人に頼もうかなあと。
 
●この先の作業も?
 
そう。
 
●それは自分でやるのが大事な部分というわけではないのですか?
 
ええっとねえ、一緒にやろうかなぁって。
 
●それは、いま具体的に「誰」っていうのはありますか?
 
いや、全然。まだ思いつきの段階だから。
 
 今まではシャドウボクシングみたいに曲を作ってきていて。自分が作り手の立場に立って曲を作って、それを聞き手の立場から捉えなおして、ミックステープとかそういうのを作る感じで曲を編集しなおして、それをまた自分で聴いて、また最初のステップに戻ったり、そういう繰り返しでやってきたんだけど、人をそのシャドウボクシングの中に入れたらどうなるのかなぁって。そしたらなんか面白いんじゃないかって。
 
自分のコアな部分っていうのは、たぶん作曲をすることとか演奏をすることとか編集をすることとか、というよりも、そうやって自分っていうフィルターを通したあとに、どうやって構成していくか、どう意味づけを行っていくか、みたいな部分だと最近思うようになって。
それだったら別に編集作業とかは人に出して、それを聴いて、また自分なりに意見を言ったり、自分なりに編集する作業っていうのをやっていったら、もうちょっと深みが出るんじゃないかなぁって思っています。
 
●そういう、人とやってみようかなっていう話に関しては、実際にレーベルから音源を出している環境があったりだとか、ライブをやってみたりだとかっていう影響はありますか?
 
うん、絶対にあります。
今まで自己満足のためにしか作ってこなかったんだけど、外に向けてやってみるとやっぱり色んな人が色んな意見をくれたり、曲を聴いてこういう風に思うとか、その一方で全然違うことを言う人もいる。そういう中でなんか、人の視点っていうのを取り入れることで広がるなって思うようになった。
 
今までは作曲や演奏、録音も全部自分一人でやっていたけど、今後はもっと部分的に頼んだりもしていきたい。
そのファーストステップとして、編集を人にやってもらおうかなぁって。だから、とっかかりとして自分が言いだしっぺにはなるけど、それをどういう風に変質させていくかっていうのは、人の視点を通したらたぶん面白い。映画を作るみたいな感じで。
シナリオとか絵コンテとか書くけど、それをどういう風に脚本にして演じてもらって、どういう風に撮るかは人に任せる、そういう作り方をしたいなって。
今まではどっちかというと、アシスタントとか編集者のいない漫画家とか小説家とかって感じだった。次は映画を作るような感じで作りたいですね。

カテゴリー: news — yk @ 00:04

2009/12/09

藤田建次 「惑星の郊外で」セルフレビュー

東京のはずれ、郊外住宅のありきたりな夜。

ありきたりな狭いスチール机の上で作られた21ヶの音楽の欠片は
戦争終結を知らせた玉音放送のマイクロフォン、
遠い国の倉庫で眠っていた古い真空管のオープンリールテープに
みちびかれるようにまちの雑踏と擦り切れた空気を吸い込み、
新しい物語を歌いはじめる。

そのうたは放課後の校舎に響く童謡の郷愁から、
朝もやに煙るフォークの樹海を通り、
消費を謳歌するシティポップの幻想へ。

そして、オーロラビジョンに映るテクノポップの宇宙をさまよい
赤道直下、絶対零度のダブの海にジャンプする。

深く深く潜って行く。
やがて光は途絶え、深海の泡は何もない平板な空間に散らばって、
エレクトロニカの音の粒子となり消える。

どこかでパレードが聞こえる。
花火が打ち上がる音が聞こえる。

ハローハロー
聞こえていますか?

まちわびたよ。
君はうさぎで、うさぎは僕だ。
ここは惑星の郊外、海は空、
空には地球が浮かんでいる。

そのまちで会った僕は
何故かスカートを履いたうさぎの格好をしていて、
頼んでもいないのに、このまちの日常の暮らしぶりや、
政治経済、社会情勢、歴史などについて教えてくれた。

うさぎは何か糸の切れた凧のようにになって何時間も話しつづけ
やがて伝えたいことを語り尽くしてしまうと少しはにかんで
こう言った

さぁもう夕暮れだ帰ろう
パレードはもう行ってしまったよ。
僕たちも帰ろうか。
彼らが忘れていったオルゴールを聴きながら
鳥と船が帰る場所まで。
地球と火星が浮かぶ空の下へ。

はっと気づいたらいつもの夕暮れだった
うさぎはもういなくて、
暮れる空は、いつもの空、
そして、送電線で空は狭かった。

手元に残っていたオルゴールが奏でる音楽は
どこかで聞き覚えのあるワルツだった。
聴いたそばから忘れていくような
朴訥で凡庸な、そんなメロディーだった。

ここは惑星の郊外。

まぼろしよさようなら。
この惑星の郊外で暮らす、
根無し草達にささげる。

カテゴリー: news — yk @ 01:29

藤田建次 『この惑星の郊外で』 皆様からのコメント

藤田建次 『この惑星の郊外で』に宛てて、皆様よりコメントをいただいています。
愛のあるお言葉ありがとうございます。

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kenji_fujita_3rdフォルダ
作成日:2009年1月12日月曜日 14:56
変更日:2009年5月28日木曜日 21:31
サイズ:9.54GB

と、ハードディスク上の記録にある。

1/12(月)14:56 というのが最初に藤田君からこのアルバムの各曲の2MIXデータを受け取り、HDDに取り込んだ日時。そして5/28(木)21:31というのがマスタリングまで終了した日時。通常の行程では、2MIXつまりミックス済みのファイルを調整し、曲間を決め、マスタリングが終了するまでの所要時間が大体6~7 時間程度であり、またHDD上のデータのサイズも1~2GB程度であることを考えると、この記録は通常の行程を逸脱していることがわかる。

では何があったのか?

藤田君からの依頼は、彼が完成させた2MIXデータをオープンリールテープレコーダーで変調、トリートメントして欲しいということだった。オープンリールなどといってもゼロ年代も終わろうとする昨今、見たこともない人の方が多そうだが、そこはググって頂くとして、テープレコーダーで変調、トリートメントというのはどういうことであるか、簡潔に書きたい。

要はすでに録音もミックスも終了しているHDDデータ上の楽曲をテープレコーダーに再録音し、再再生し、最終的にまたHDDに再々録音をするのだが、このとき磁気テープに対して過大入力をすれば歪みが生まれ、音量のコンプレッションがかかり、飽和気味な荒れた音像となる。また回転ムラから発生するワウフラッターという揺らぎの効果や、ヒスノイズと呼ばれるノイズの付加や転写など、通常のハイファイ志向では悪しきものとされる要素が音像にまとわりついていく。さらに再再生時にテープの回転速度を上げれば曲のキーが上がったり、テンポが速くなったりということもあるし、録音ヘッドと再生ヘッドの距離差から起こるテープディレイの効果なども得ることができる。

これらは先ほど通常悪しきものとされる要素と書いた通り、楽曲、音像にとって有益なことだけを享受できる訳ではない。むしろまとわりついてくる様々な要素に楽曲が埋没してしまう可能性の方が高く、それらをくぐり抜けるためには焦点を保ちつつも海のような選択肢に潜り、個別にあたっていくしかない。

実際の作業には50年代のAMPEX社製真空管式モノラルテープレコーダーと80年代のOTARI社製ステレオテープレコーダーの2台を使い分け、またはその両方を直列につなぎ再再々録音なども試みた。回転速度もほぼすべての楽曲で個別に調整している。AMPEXの方は揺らぎとノスタルジー、甘いトーンと低音のタイトさに特徴があり、OTARIの方はおそらくこのアルバムのひとつの要素として今後語られるであろう今は亡き記憶の中のシティポップの湿度と弾力を演出する役を果たした。また冒頭と終局のシークエンスでは、テープをスクラッチまたはリバースした状態でスピーカーから再生した音を40年代のベロシティマイクで再録音するということも試みた。これは本アルバムが録音物であるということを極端にデフォルメしアナウンスする行為かもしれない。このマイクが終戦を告げたように。

これらの作業は実験そのものが目的であれば、おそらく短時間のうちに終えることもできたかもしれない。しかしこれら作業や実験を必要とするそれぞれ個の楽曲、個の音像、そして統括する作家の意志というものが大きな山のようにじっと存在し続けたことがなにより重要であり、その山の前では実験もひとつの手段にすぎない。結果的に山を登り、降りるまでにそれなりの時間を歩くことになり、その間に追加の新曲も生まれたりして、皆さんが今回聴くことができるバランスに行き着いたのだと思う。

と、作業工程を知るものとしてこのように書いたが、このアルバムを聴くにあたって頭に入れておく必要は全くないことだ。

庄司広光(soundworm、皿ディスク)

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あと三日で世界が終わるとしたらいったいこの世界で過ごしたどの記憶を持っていくのか

そんなベタな会話がこの15年間カップルのあいだでかわされてきたけれど

そのとき前提になっていたのはそんなことを話すカップルや友達のテーブルの席には当然人間がいるものというものだった

そしていまや話はそんな単純なものではなくなっていると思うのだ

藤田建次のライブを初めて見たのは西麻布のブレッツ

それも真夜中だったがなにかブレッツの奥にいつもいくつかある切り株たちの傍らでほっこりとはじまったそれとそれに小さくサークルで集うリスナーたちが子兎たちのようでなんかいまどきこんな森の動物ゲームみたいな世界が現実にあるのかと思って視界がグニャりと歪んだのを覚えている

その時一瞬

周回遅れの人間たちといくつかの機械種と森の動物たちと

がみんなでお茶してて人間てのは何なのかねェ手遅れだネという

会合が行われている気がした

そこで え?! となって振り返ってよくみると

そこには藤田建次がいてあきらかに人間なように見えた

・・であったのだがその空間には以下のような気配が残留してるようにも感じた

機械種の目録

準生命がこの地球上で愛したもののリストたち

人間の記憶を守るのってはたしていままでの人間なのだろうかってことをその音は問うているような

自分が極私的にこの1年とりかかっているのは非人間のための音楽や非人間によるそれや準生命や機械種のためのそれとかあとある環境の中で例えば異種同士が出会ったらどうコミュニケートするのかとかそういうのが今後いったいどういうふうに続いていくのかとか海の上げ潮は上げ潮なのか超長物なのか急変性形態なのかとかそういう音たちが20年にわたって自分にとってどれだけ切実だったのかってことを把握しなおすことだけれど、そんなことをしているなかこの藤田建次の音たちに接するとそれはあまりに人間ぽ過ぎて自分には光量が強過ぎそして人間の音楽はまぶしすぎる

でも果たしてほんとうにそうか

繰り返して聴いていくとやはりどこかがおかしい・・・実際のところ藤田建次の音世界で泡吹く像はもうこの地球にはないってこと、それが逆にこのアルバムで絶望的にすばらしく潔くはっきりしちゃうんじゃないかと、ある郊外のループはいくらでもどんだけ無数にあってもその像は続いていると思うのは大きな錯覚なんじゃないかと

ある感情の勉強

そして感情と地理は不可分だということと「ローカルミュージック」と「郊外音楽」のこれから地球がまだあるならその地球の未来での意味

いまリハビリ中の自分にとって「エモーションリサーチ」はこれから出てくる機械種たちとどんだけ人間として周回遅れかわからなくなってしまった自分とで一緒に勉強していきたい課題だ

つまり人間ていうのはどういう「感情」を持つ生物なのかってことを

そして思うのは藤田建次も実はそういう人間を勉強している最中の「機械」なんじゃないかってこと

虹釜太郎(360°records)

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朴訥で純粋で、でも確かに背伸びをしている。
そんな少年のきらきらした空想世界に
ぽろっと転がり込んでしまったような気持ち。
愛おしい白昼夢 愛すべき中2病。

森ゆに

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僕は東京の郊外育ち。緑が多いし川も流れているしビルもあるし
繁華街もある。
都会でもなく田舎でもない中途半端な環境に少しコンプレックスがある。
どうせならド田舎で育ってみたかった。
僕が描いた絵は郊外育ちのコンプレックスが混じっている。
似たような環境で育った藤田建次はそれを気に入ってくれた。

高良真秀(イラストレーター)

カテゴリー: news — yk @ 01:03

2009/12/08

藤田建次 『この惑星の郊外で』 メディア情報

◇ your unknown music.様に取り上げていただきました!!
ありがとうございます。
 
yum
 
your unknown music.
 
 
◇ myspaceの本日のランキングで1位になりました!!(09/12/01付)
再生数、訪問数も劇的に伸びています。皆様ありがとうございます。
 
20091201010229d99
 
 
◇ 12/12(sat)『Our Bubble Hour vol.10』内にて藤田建次 『この惑星の郊外で』先行視聴会を開催していただけることになりました!!
ありがとうございます。
 
『Our Bubble Hour vol.10』
 
とても面白そうなイベントですので、お時間ございましたら是非!!
一足先にアルバムをフルサイズ、大きな音で聴けます!!
 
2009.12.12 sat @loop-line
open/start 18:30-
charge 1,500yen +1drink order
 
LIVE:
tamaru
 
1990年頃から開始したベースギターによるソロ演奏、音響構成による作品制作の他、2002年に横川理彦、杉本佳一と結成した「installing」での活動がある。
2009年3月、9年ぶりのベースソロ作品集『figure』をtrumnからリリース。
近年ソロ演奏のスタイルを更新し、従来の持続音による即興演奏に一区切りをつけ、高次倍音を発生する独自奏法と譜面を使用した未踏の領域を探査中。
website: http://www12.ocn.ne.jp/~tmr/
 
popcayoon(POP鈴木+cayoon)
 
Korean Buddhist God, さかな等のバンド、また現在も前野健太とDAVID BOWIEたち、フレグマ等様々なバンドでドラムスとして活躍中のPOP鈴木と、ONOFF, BISCOなどでベーシストとして活躍するcayoonの2人組ユニット。
cayoonはBassのほかウクレレ、カリンバ、電子楽器、おもちゃの楽器、ミュージカルソウなども演奏し、ライヴなどの活動を重ねる。
cayoonの出産子育てもあり、しばしの活動休止を経て、2009年約3年ぶりに音楽活動を再開。今後の動向が注目される。
 
POP鈴木: http://d.hatena.ne.jp/pop-suzuki/
cayoon: http://cayoon.namaste.jp/
 
DJ’s:
run, DJ watashikawaii and more…
 
 
◇ とくお組様のブログで取り上げていただきました!!
本作のイラスト、アルバムジャケとをご担当下さった高良真秀と、コーラスでご参加下さった北川仁さんが所属している劇団です。
ありがとうございます。
 
tokuo
 
 
◇ intoxicate vol.83にレビューが掲載!!
VOL83_•ކ02b

カテゴリー: news — yk @ 23:52

2009/08/23

balen disc

about balen disc

balen discは東京と奈良に拠点を置くインディペンデント・レーベル。
細分化が極まった現在の音楽シーンを「シームレスに繋いでいく」ことを目的に、
ジャンルの融解と実験性が前提となったポップ・ミュージック(=アヴァン・ポップ)を、
若い世代のアーティストを中心に紹介していく。

カテゴリー: news — admin @ 11:16

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